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取材・文「薬立つ話」編集部・渡辺千鶴 >>> 「薬立つ話」ホームページはこちらです

“空飛ぶ薬剤師”として世界中を飛び回る  坂巻 えみ さん(薬剤師・医療コーディネーター)
いかなる状況でも安全に搬送することに全力を尽くす
●プロフィル
神奈川県生まれ。神戸学院大学薬学部卒業。大学の実験助手、製薬企業の管理薬剤師を経て、1987年カナダに渡る。1989年頃より医療通訳のボランティアを開始。1994年、「日本語医療サービス」設立し代表に就任。

カナディアンロッキーの麓・バンフを本拠地に日本人旅行者のための医療サポートに従事する薬剤師がいる。“空飛ぶ薬剤師”として世界中を飛び回り、医療コーディネーターの仕事も兼務する。そのユニークな活動を通して見えてきた医療人としての薬剤師のあるべき姿とは?

●日本人旅行者の医療通訳をボランティアで始める

「日本語医療サービス」の本拠地があるバンフ。ユネスコ世界遺産にも指定されているこの町には、年間多くの日本人旅行者が訪れる。
  坂巻えみさんは、“空飛ぶ薬剤師”として10年以上にわたり、緊急医療搬送の仕事に携わっている。彼女がカナダ・バンフを本拠地に日本人旅行者のための「日本語医療サービス」を設立したのは1994年のことだ。
  坂巻さんは20代の頃、製薬企業の管理薬剤師として働いていたが、過労のために体調を崩して退職。静養に訪れたのがカナダだった。“三度のご飯よりスキーが大好き”という彼女は、カナディアンロッキーの麓にある町・バンフで暮らし始め、や がて日本人旅行者の医療通訳を頼まれるようになる。
  「きっかけはファミリードクターのSOSでした。日本人旅行者が受診したけれど、服薬している薬の名前がわからないから、確認に来てくれと―。それがこの仕事の始まりでした」と坂巻さんは振り返る。
  以来、日本人旅行者が地元の医療機関を受診するたびに“オンコール(呼び出し)”を受け、彼女はボランティアで医療通訳の仕事を続けた。「そのうち私をフルに使ったほうが自分たちも楽だということがわかったみたいで、“エミー、肺炎の説明をしといてね、あなたは薬剤師だからわかるでしょ”という感じで、病状の説明までまかされるようになりました」
  それまで病態について学んだことのなかった坂巻さんは、カナダ人医師の指導のもと、バイタルサインの意味は? といった基礎から勉強していったという。「まるで臨床実習を受けているような日々でした。しかも医師たちはたった一度しか教えてくれないので、こちらも覚えるのに必死でしたよ」。しかし、病態や診療の知識を一から学んだことが、後々大いに役立った。
 

●日本まで送り届けた患者や家族の声が励みに

 こんな日常を数年間送っていた彼女に、あるとき転機が訪れる。評判を聞きつけた日本の保険会社から日本語による医療サ ポートの仕事を打診されたのだ。「今までやってきたことであればいいですよ」と、軽い気持ちで引き受けたものの、正式な契約を結ぶためには組織体であることが条件になり、急遽会社を設立。「このときは自分の意思とはまったく別の次元で、物事が動いていったという感じ。気がつけば、1人で細々とやっていたことがぐーんと広がっていた」と、坂巻さんは苦笑する。
  現在、彼女が経営する「日本語医療サービス」には、4名の医師をはじめ看護師、救急救命士、呼吸療法士など約12名の医
療スタッフが勤務する。医療通訳、緊急搬送、旅行者に対する医療手配が業務の三本柱だ。
  なかでも緊急搬送の仕事は、アジアだけでなく、アメリカ、ヨーロッパ、オセアニア、南米とワールドワイドな展開をみせている。保険会社から要請があるたびに坂巻さんは現地の医療機関との調整を行い、航空機や医療器材、薬剤を手配し、そして自らも薬剤師として輸送機に乗り込む。ときには脳死や植物状態など予断を許さない病状の患者も引き受けるが、いかなる状況下でも最善の方法で安全に患者を連れて帰ることに全力を尽くす。
  「特殊な医療ですが、無事に日本まで送り届けた患者さんやご家族から“元気になりました”とお手紙をいただいたり、植物状態で連れて帰った患者さんが車椅子に乗れるくらいにまで回復されたといったようなご報告を受けたりすると励みになります。人助けができてよかったなって―」。折衝の苦労も多いが、坂巻さんは万が一のアクシデントに安心を届ける医療サポートの仕事に大きなやりがいを感じている。
 
緊急搬送は状況に応じ、民間機や特別機を手配。写真は特別ジェット機を用意し搬送したときの模様。機内では医師をはじめ医療スタッフが治療を行いながら常に万全の体制を心がける。
 

●ホームページで“旅と薬”の視点から情報提供

「日本語医療サービス」のホームページ。旅のアドバイスやお薬相談室のメニューも揃える。
 さらに、彼女は会社のホームページを通じ、安全に旅するための医療アドバイスを行ったり、薬の相談も受け付けたりして いる。病気や事故に遭った多くの旅行者と接するうちに「事前にきちんとした準備があれば、こんな大事故には至らなかったのに」という思いを強くしたからだ。とくに糖尿病や高血圧症、心臓病などの慢性疾患のコントロールは、薬剤が重要な鍵を握っているため、中途半端な服薬指導を受けていると大きな事故につながりやすいと感じる。
  「たとえば、薬の服用が原因で具合が悪くなった人に確認してみると、たいていはいつもの服用時間より12時間早いか、12時間遅いかのどちらかです。患者さんが海外旅行に出かけるとせっかく薬剤師に伝えたのに、肝心の時差を考慮した服薬指導が行われていなかったというケースは少なくありません」と、坂巻さんは打ち明ける。
カナダの病院に入院した患者のもとに駆けつけ、現地の医師の説明をわかりやすく通訳し、保険や帰国の手続きの相談にも乗る。
このほか持病の薬をしまい込んだスーツケースを空港で紛失し、薬が飲めずに倒れてしまったという事例もよくみられる。「 持病の薬はパスポートと一緒に手荷物にする、処方されている薬は旅行日程より多めに持っていくなど、慢性疾患の患者さんの状況に応じたアドバイスがあると、旅先でもふだんと変わりなく過ごせるのではないかと痛感します。かかりつけ薬剤師の役割の一つとして、日本の薬剤師さんにも“旅行と薬”の視点からの積極的な助言を期待したいですね」
 

●チーム医療の一員として認めてもらえるには?

 長年、医療コーディネーター業に携わり、チームの一員に組み込まれて活動する状況におかれて彼女が思うのは、日本の薬 剤師の存在だ。薬剤の知識面では欧米の薬剤師に決してひけを取らないのに、チーム医療における両者の存在感には雲泥の差がある。その違いはどこから生まれるのか―。行き着いた答えは、日本の薬剤師は医療の他分野の知識が少ないということだった。
  欧米の医療者の間では、“薬のことを最も理解しているのは薬剤師”という認識が浸透している。そのため、医師やナースが薬剤師にどんな薬剤を処方すればいいのかを聞いてくることも日常茶飯事だ。
  「こんなとき、必要なのは病態や診療、看護の知識です。患者がどのような状態におかれ、医師はどんな治療をしたいと考えているのか、あるいはナースはどのような看護方針を持っているのかといったことがわからなければ、的確な薬剤の指示が出せないし、そもそもチーム医療の中でスタッフの一員として認めてもらえないのです」と坂巻さんは語る。
  カナダでの臨床経験を踏まえ、坂巻さんは「専門家集団である医療者同士のコミュニケーションは、“この患者にとって最善の方法は何か”という大命題に対し、それぞれの立場から意見を出し合う中で育まれていくものです。薬剤師も他の職種と同様に患者の病態、標準とされる診療内容を十分に理解したうえで、専門家同士の話し合いに参加できないと、在宅医療にしろ入院医療にしろ、チームにおける存在感を明確に示すことは難しいように感じます」とアドバイスする。
「日本語医療サービス」のスタッフたち。医師をはじめ救急救命士、呼吸療法士、看護師、薬剤師などが在籍する(左端が坂巻さん)。
彼女はここ数年、北米でのネットワークと語学力を生かし、母校の神戸学院大学薬学部の米国研修旅行もサポートしている。このような日米を比較できる場を活用し、若い薬学生たちに「チーム医療における薬剤師のあり方」について学ぶ機会を与えたいとも考える。
  カナダに渡って19年。ボランティアから始まった医療サポートの仕事だが、この活動を通し、坂巻さんは自分なりに薬剤師という職業を模索してきた。なぜ、この仕事を続けるのですか? このインタビューの最後の問いかけに彼女は朗らかに答えた。「人々の健康を守りたいのです。病気にならないようにアドバイスができる。そんな薬剤師であり続けたいと思う」と―。

 

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